こんにちは
アラ還個人事業主の雅栄です。
今回は、自尊心と慎み深さは共存できるものかについて考えてみました。
自尊心と慎み深さは矛盾するか
エゴに囚われた『私』は、自分が他人より優れている、あるいは劣っていることがあると思っています。
このような思考は、「形」のある次元での比較や評価に基づいているのです。
「形」のある次元では、自分や他人は定義やラベルで区別されます。
自分や他人の定義やラベルにこだわる。
定義やラベルによって自尊心や慎み深さを決める。
自分が優れていると思うときは自尊心が高くなり、劣っていると思うときは低くなる。
他人が優れていると思うときは慎み深さが高くなり、劣っていると思うときは低くなる。
自尊心と慎み深さが常に変動し、バランスを保つことができません。
自尊心と慎み深さは、エゴに囚われた『私』の中では矛盾するもの。
自分や他人の本質的な姿や性質を見失わせるものであり、存在意義や価値を忘れさせるものです。
自尊心と慎み深さは共存できるか
本質的な『私』は、自分が他人より優れているか、あるいは劣っているかなんてないことを知っています。
このような認識は、「形」のない次元での統一や平等に基づいています。
「形」のない次元では、自分や他人は本質的な姿や性質で繋がっています。
自分も他人も同じ価値があることを知っている。
自分も他人も同じ敬意が必要なことを知っている。
自尊心と慎み深さが常に安定し、調和を保つことができます。
自尊心と慎み深さは、本質的な『私』の中では共存するものです。
本質の自分に気づく方法
自分や他人の定義やラベルから離れて、本質的な自分に気づく方法やコツを紹介します。
❖自分や他人の定義やラベルに対して言ってみる
- 「これはただの見方だ」
- 「これは今日だけかもしれない」
- 「これは私のものでも他人のものでもない」
- 「これは私や他人を表していない」
- 「これは私や他人を縛っていない」
❖自分や他人の本質的な姿や性質に対して言ってみる
- 「これは素晴らしい」
- 「これは美しい」
- 「これは愛すべき」
- 「これは尊敬すべき」
- 「これは学ぶべき」
❖自分や他人の本質的な姿や性質に対して愛や尊敬を持つ
- 「ありがとう」と言って感謝する
- 「すごい」と言って認める
- 「大好き」と言って愛情を示す
- 「尊敬します」と言って敬意を表す
- 「一緒に」と言って協力を申し出る
まとめ
今回は、自尊心と慎み深さは共存できるものかについて考えてみました。
これらはエゴに囚われた『私』の中では矛盾するもので、自分や他人の本質的な姿や性質を見失わせるものです。
本質的な『私』の中では共存するもので、自分や他人の本質的な姿や性質を見抜いています。
本質的な『私』に気づくためには、自分や他人の定義やラベルから離れて、本質的な姿や性質に対して愛や尊敬を持ち、協力や貢献をしようとすることが大切です。
今回もお読みいただきましてありがとうございます。
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